前回からかなり時間が経っておりましたが、久しぶりに書く気になったので更新。


 粗筋 自転車に通過する女子高生に一目ぼれしてしまった関知は、その子を探すが見当たらない。関知は誘拐されたと思い、その子を捜そうと土手を全速力で疾走する!


 次の瞬間、俺はまるで雷に撃たれたかのような衝撃が身体中を駆けめぐった!


 いた! 彼女がいた! 本当にいた!


 もしかしたらいつもの勘違いと思っていた俺を神様は見捨てていなかった。だが、今は神様にお供えものをしている時間はねぇ。彼女は俺の目の前にいる。15mぐらい離れていて、顔までは見えないが間違いなくさっき会ったあの子だ。俺の脳がそう叫んでいる。だから、俺は迷わず行動しなければならない。さあ、勇気を出して全力で声をかけるんだ。元はといえば、俺があのとき躊躇していたのがそもそもの原因なのだ。


 話しかけるにはまず彼女に俺の声が届く半径1m以内には近づく必要がある。あまり、なれなれしく近づきするのも返って逆効果になるおそれもあるので危険だ。慎重に。慎重にだ。


 しかし、俺の願いを裏腹に彼女は、自転車を押しながら信号を渡っていた。


 なんてこった。彼女を捜すにあまり、自分がどこにいるかなんて確認もしていなかった。


 今、俺は街の通りにいた。繁華街だ。人も結構多い。信号が青だったので車は止まっていた。一番先頭で止まっているトラックの運転手が新聞を眺めながら、大音量のラジオでロックをきいていた。うざいにもほどがあるが、そんなのはスルーだ。どうせ一コマの登場人物に過ぎない。大事なのは彼女に会うことだ。そのためには、向うの通りに行く必要があった。


 人生楽ありゃ苦もある。どうして、俺が渡ろうと信号に駆け寄れば、赤に変わるのだ!


 これでは彼女はどんどん遠ざかってしまう。待っている間にまたもや見失うかもしれない。だが、そういうときに便利な物がある。それは歩道橋だ。これがあれば信号が赤でも、向こうに渡ることができる。でも、歩道橋そのものがない。


 焦るな。焦るな俺。まだ、何か方法があるはずだ。こういう時、ドラマでは親友やら何やらが駆けつけてきて、援助の手を差し伸べるはず! 自転車を用意するとか。タクシーから出てきて、乗れとか。海外ドラマになると、ヘリとかプロペラ飛行機も出てくる。親友はどんなときでも頼りになる存在だ!


 だが、俺には親友はいなかった。当然、誰の助けもなかった。


 続く。





 さよなら絶望先生のアニメ批評第二弾!


 前回は作品の概要を説明したので、今回は登場人物紹介をしていく。


 糸色望


 言わずとしれたこの物語の主役。絶望先生である。あらゆる物事をネガティブにとらえ、「絶望した!」を口癖に今日も、生徒たちに人生の辛さや、儚さ、やるせなさ、絶望をありとあらゆる社会現象や小説、映画、漫画、詩、ドラマ、アニメなどのネタを例に取り教えていく。希望のない人生こそ、彼のもっとうであり、本人はすぐに首を吊って死のうとするが・・・本当は死にたくないようである。


 一見すればなかなか格好良い先生に見える。他の先生からの評判も勘違いであっても高いようだ。ルックスもそれなりに良く、実家は資産家らしいが、家族関係には多々問題があるようである。


 ちなみに、本名は糸色 望(いとしき・のぞむ)で横文字で書くと絶望先生になる。


 いろんな意味で謎の多い人物ではあるが、この漫画には関しては深いことを考えてはいけない。ギャグアニメにあるのは、その演出やネタにある面白さを極限にまで高めることだけである。


 さて、詳しくは絶望先生のアニメ第一話かコミックスを見てもらいたいのだが、この絶望先生がどれほど素晴らしい先生かを知る多くのエピソードの一つを紹介しよう。


 進路希望調査ではありません。絶望調査です。


 高校生にもなると、必ず一度は行われる進路希望調査。紙に第一志望から第三志望まで書く内容である。私も似たような調査をやったことあるし、読者の方も経験があるはず。たいていは、自分が届きそうな大学やら職業を書くのだが、これがいったい何の意味があるのか・・・私は大人になってもわからない。学校恒例の行事というのは、生徒は蚊帳の外である。自分たちが知ればいいという感が強い。


 では、絶望調査とは何なのか?


 簡単に言えば、自分が絶望だと思う事柄を第一志望から第三志望まで書くという内容である。例をあげてみよう。


 第一志望 ミュージシャン

 第二志望 アーティスト

 第三志望 タレント


 第一志望 東大

 第二志望 京大

 第三志望 慶応大


 第一志望 大リーガー

 第二志望 プロ野球選手

 第三志望 甲子園出場


 世間一般では圧倒的になりにくい職業や難易度の高いレベルの大学などは、一度は入りたいと思っても、その絶望的なレベルの高さから、諦めてしまう人がほとんどである。そんな自分が絶望的な進路を書くのが絶望調査であり、自分自身の理想と現実を明らかにした有能な調査である。


 夢では食ってはいけない。芸術家は一度は耳にする言葉であり、現実を見ないで夢にしがみつこうとする若者に警告を与える絶望先生の真にネガティブな教育方針が現れている。単に嫌がらせなんて思ってはいけない。


 と、一つのエピソードを紹介したが、まだまだこんなものではない。もし、興味があるなら、単行本を読んでみるのをお薦めする。ちなみに私が行った本屋さんでは、一巻はどこも売り切れだった





 久しぶりの漫画・アニメ批評の第5弾!


 今回は『さよなら絶望先生』を紹介


 すでに、私が説明するまでもなく巷で加速度的に人気が高まっている、知る人ぞ識る伝説的なアンダーグラウンド深夜アニメである。このまま人気が続行すればマスコミが騒ぎ出すことになるかもしれないし、PTAという社会の模範がこのアニメを訴えるかもしれない。


 PTAがアニメを訴える? 一体どういうことだと思ったかたもいるかもしれない。


 だが、子供に悪影響を及ぼすアニメをPTAは訴えることがある。私が知っている中で代表的なのは『くまのプーたろう』(作品名があってるか自信ない)なのだが、今でも働かず、なにもしなくて家で寝ている人間をプー太郎と呼ぶ。(最近はニートが多いかもしれないが・・・)


 と、あまり人気が出て放送中止になっても困るのだが、深夜アニメの枠なのでなんとかなるだろうというのが私の見解。


 てなわけで、ここからは絶望先生の紹介


 週刊少年マガジン2005年22・23合併号(4月27日発売)から連載している、久米康治のマンガ。

概要

 あらゆることに対してネガティブにしか物事を考えられない絶望先生こと糸色望と、彼を担任としている31人、いや、32人の生徒と、色々な関係者が常識の枠からはみ出る思考回路で色々と問答する、マニアックなネタの学園ギャグマンガ。

 単行本第六巻で累計売上100万部を突破。2007年、第31回講談社漫画賞少年部門を受賞。(WIKiより抜粋)


 概要はこんな感じである。結構うまくまとめてあるので、私から何か付け足すようなことはない。じゃ、この漫画は何が面白いのか、一言二言で述べてみよう。


 豊富な知識と時事ネタ、登場人物の極端な性格付け。そして、漫画やアニメの随所に散りばめられた宝石のような隠し要素。見れば見るたびに新しい発見に出会うといっても過言ではない。


 というわけで、これからは何回にわけて絶望先生の魅力を書いてみようと思うので、ご期待ください。



 20日、午前に起きた中華航空機炎上事件は、色々と考えさせられるものがある。


 まずは事件のおさらいをしておこう。


 20日午前、那覇空港で起きた中華航空機の炎上。乗客乗員165人は間一髪、機外に脱出した。機内は大きなパニックには陥らず、乗客は比較的落ち着いて避難したが、脱出後、疲労を隠せない様子で炎上時の恐怖を振り返った。【三森輝久、中村篤志】 毎日新聞より


 ◇社長が謝罪--中華航空


 中華航空の趙国帥社長らは20日午後9時、那覇空港内で会見し「乗客や関係当局に多大なご迷惑をかけ、おわび申し上げる」と改めて謝罪した。


 趙社長は「着陸して機体を停止するまで、機体に異常はみられなかったし、計器類も異常を示さなかった」と強調。事故原因については「事故調査委員会の調査結果を待ちたい」と繰り返した。


 同社によると、事故機は就航から5年で、飛行時間は通算約1万3660時間。7、8月の検査では異常はなかったという。炎上したエンジンはゼネラル・エレクトリック(GE)社製で、GE社が定める耐用年数期間内だった。同社は同型機を他に11機保有しているが、特別検査を行って安全性を確認するという。


 報道陣から「他社と比べ事故率が高いのでは」と指摘されると、会見に同席した同社の陳鵬宇広報室副室長は「過去にいくつか事故がおきたが改善に努め、現在は会社として国際的な評価機関から(安全との)認証を受けている。事故は誠に遺憾で再発防止に全力をあげる」と述べた。


 さて、間一髪も一人の犠牲者も出さなかった事故であるが、世間に与えた影響は計り知れないものがある。


 火が燃料について爆発するまでのわずかな時間に航空機に乗っていた百人以上の乗客全員が脱出するまでには普通の方法では5分以上はかかるだろう。そこで、米連邦航空局が制定した90秒ルールというのがある。


 それが今回、全員無事脱出できた最大の功労者なのはいうまもでないし、この機会にほかの航空会社も積極的に取り入れようとするだろう。


 私もこの事件をみて、初めて90秒ルールというのを知ったのではあるが、これは義務づけられているものではないらしい。新聞の記事によれば、機内の全非常用脱出口の半数以内を使って90秒以内に、脱出できるような機体の設計を航空機メーカーに求めているもの。だそうだ。


 求められているということであり、義務ではないのだから、もし、この飛行機に90秒ルールがなく、燃料漏れが発生、乗客が脱出中に爆発して、大惨事に繋がっていたと思うと心苦しくなる。


 飛行機というのは巨大な空飛ぶ鉄のかたまりである。確かにハイテクという機械を装備しているかもしれないが、事故は必ず起きる。それが機械の故障であったり、天候や鳥が原因であったり、パイロットの操縦ミスや判断ミス、メンテナンスの人為的ミス、はたまたパイロット訓練指導不足であったり、メーカーの安全基準を満たしていない飛行機の運用など、理由は様々であり、その原因がいくつか複合して事故を招く。毎年、多くの人々が飛行機の事故で命を失っている。


 飛行機の安全基準はそうした人々の蓄積である。ある事故が起きれば、その事故を起こさないように安全基準が高められる。中には、それまでの体験や経験で生み出された基準があるかもしれない。しかし、命を奪ってから再発防止に気をつけますなら・・・誰でもいえることである。


 少し前に、胴体着陸をした飛行機を覚えているだろうか。あの飛行機のパイロットは危機管理マニュアルと危機管理シミュレーションに従ったという。


 いったい何が生死の基準になるかはわからない。しかし、あらゆる危機を想定した訓練や危機管理マニュアルの徹底、パイロットの判断やより良い体調管理などが、事故防止に役立つのだ。


 乗客は飛行機のパイロットに命を預ける。


 パイロットは自分が操縦する飛行機で乗客(命)を運ぶ。


 命を運ぶことの責任。それはパイロットを含めた航空関係者すべてに言えることである。


 航空業界が慈善事業でないのは当たり前だが、ことさら安全にかけての徹底した配慮を切に望む。事故が起きてからの対応では、死んだ人は帰ってこないのだから。




 2007年8月15日


 この日は私たちにとって特別な日である。


 時代が移り行く、戦争を体験しない人々は増える一方、あの戦争で何であったかすら議論はいまだに出しつくされていない。


 勝者の価値観で戦後が動いたのは誰の目でも明らかである。そして、その典型たるものが『東京裁判』だというのも知っている人も多いだろう。戦勝国が敗戦国を裁く。それは古今東西変わらず行われてきた。


 東京裁判は敗戦国『日本』を裁いた。その中で、戦争に関わった多くの人々が裁かれた。戦争を巻き起こしたと張本人といわれる東条英機元首相を始めとする陸海空軍の指揮官クラスが『A級戦犯』として裁かれた。


 そして、裁かれたA級戦犯の人々は今も靖国神社で眠っている。


 8月15日 日本の今を担う内閣総理大臣を始めとする内閣の人たちは一人を除いて参拝をしなかった。参拝は『心の自由』というのが主張である。しかし、それはただの建前なのは誰が見ても明らかである。あの参院選の自民党の歴史的な惨敗により、国民の声は内閣に届くはずであった。


 しかし、声は届いていなかった。誰も内閣改造を望んでいたのではない。内閣そのものの退陣を要求していた。人気取りもできなくなり、ぼろぼろの内閣、歴史的な価値観も主張できず、ただ外交関係が悪くなるというだけで、あの戦争に深い懺悔の念しか持つことができない。あの戦争を繰り返さない。果たして誰が誰に言うべき言葉なのだろうか。


 その中で、小泉元総理は自分の理念を今年も貫いた。あの戦争がなんであったかの答えを自分なりに理解しているのだろう。それこそ、心で語るということではないだろうか。小泉元総理の訪問に罵声を浴びせた歴史知らずの人間も少なからずいるようではあったが、そんな批判などは自分の倫理を貫けない浅はかな者たちのいいわけである。


 「東京裁判で何もかも悪かったとする戦時宣伝のデマゴーグがこれほどまでに日本人の魂を奪ってしまったとは思わなかった。東京裁判の影響は原爆の被害よりも甚大だ」


 インドのパール博士が残した言葉である。博士は東京裁判が勝者の論理で裁いたことを批判してさらにこう述べている。


 「戦勝国が敗戦国の指導者たちを捕らえて、自分たちに対して戦争をしたことは犯罪であると称し、彼らを処刑しようとするのは、歴史の針を数世紀逆戻りさせる非文明的行為である」と論じ「この裁判は文明国の法律に含まれる貴い諸原則を完全に無視した不法行為」である。


 この言葉だけでわかるとおり、戦争の責任をA級戦犯として仕立て上げた責任者に全て押し付け処刑した。反論することは当時の日本人には許されなかった。



 そして、博士は広島原爆慰霊碑に献花して、述べた言葉こそがもっとも、この戦争が何であったかを物語っているとわたしは思う。


 「この『過ちは二度と繰り返さぬ』という過ちは誰の行為をさしているのか。もちろん、日本人が日本人に謝っていることは明らかだ。それがどんな過ちなのか、わたくしは疑う。ここに祀ってあるのは原爆犠牲者の霊であり、その原爆を落とした者は日本人でないことは明瞭である。落とした者が責任の所在を明らかにして『二度と再びこの遇ちは犯さぬ』というのなら肯ける。


 この過ちが、もし太平洋戦争を意味しているというのなら、これまた日本の責任ではない。その戦争の種は西欧諸国が東洋侵略のためまいたものであることも明瞭だ。さらにアメリカは、ABCD包囲綱をつくり、日本を経済的に封鎖し、石油禁輸まで行って挑発した上、ハル・ノートを突きつけてきた。アメリカこそ開戦の責任者である」


 前に私はブログで書いたことがある。あの時代に生まれていたら、私は戦争に参加していたと。日本を守るために戦った。これが私の答えである。


 心で語ったかどうかはわからないが、何も知らないでただ自分たちの親・祖父がやったことの事情も知らずに、私たちが悪かったでは、何の意味がないことに少しでも多くの日本人が知ることを私は望んでいる。


 2007年 8月15日 相楽 絆